金沢駅東広場の計画は徹底した委員会制を採っていて、市民の思いや学識経験者の知見を広く取り入れる体制になっていました。シティーゲートはこの委員会制の設計スタイルを象徴する建造物です。


大屋根から離れた場所で組み立てられた曳き屋前のシティーゲート





写真上: © 川端浩
所定の位置に設置された後の照明調整中の風景
基本設計がほぼ終了した時期の報告会で、主に建築を専門としない委員の方々から「木造や瓦屋根などの直接的に歴史性を感じさせるものが欲しい」と言う強い要望が出され、これを受けて木造の工作物を創ることになりました。

駅東広場はガラスや金属を用いて設計を進めていましたので、設計グループとしては当惑しましたが、このような考えが市民の中に根強くあることは知ってましたので、こう言う意見も含めてしっかりと表現する事が、20世紀末の金沢を正しく表現する事になると考えました。

そこで、地下広場の排気塔や大屋根の雪受け庇をまとめて、新しい金沢と古い金沢の結界の意味をこめて木造の門を作る事にしました。

駅東広場は江戸時代に城下町として形成された旧市街地と、明治以後に近代の論理で形成された新しい市街地との境界に位置するからです。

意匠的には、歴史性を感じさせる素材感や外形と、近代デザインの思想や美意識との、最高のレベルでの融合を目指しました。

歴史性を感じさせる要素としては、鼓を連想さる組柱や寺院のような曲線のある深い庇のシルエットなどを採用しています。鼓のモチーフについては、プロデューサーの方々や、設計を総括している建設コンサルタントの社長までも巻き込んだ議論の結果、加賀宝生の鼓のイメージが提案されました。

このような歴史風味の建造物ではありますが、少しずつ方向を変えて並ぶ組柱の斜めの柱は、全体として全ての方向の地震力に合理的に抵抗できる形状ですし、斗きょうを思わせる組み柱の頭つなぎは、水平トラスと言う合理的な構造形式を形成するなど、最新の構造技術の論理を明快に反映させた形状でもあります。

背後にあるもてなしドームのアルミ合金やガラスとの素材感の対比も、デザインの重要な要素です。